【Dr.竜が深掘り!読み物編】第三弾 がんの薬物療法―動画対談を読み物にしました
【Dr.竜が深掘り! 千葉発 令和のがん医療】
第三弾 読み物編
がんの薬物療法
副作用を抑える対策充実、遺伝子検査で“自分に効く薬”を見つける
辻村 秀樹(千葉県がんセンター外来化学療法科部長)
竜 崇正(NPO法人医療・福祉ネットワーク千葉理事長)
竜:化学療法、抗がん剤治療と今言わなくなって、薬物療法というようになった。薬物療法が私の時代は、入院して行われていた。それが、現在は、ほとんどの治療が外来で安全に行われている。その外来薬物療法部長の辻村先生に、薬物療法のいろいろなことをお聞きしたいと思っています。
薬物療法受ける方の7割が通院で治療
竜:世の中には、まだ「化学療法、薬物療法は副作用が強いから、とてもそんなものやるもんじゃない」というふうに思っている人もいますね。それが今や、入院も必要なくて、外来で仕事しながら治療できるようになった。薬物療法を外来でできるようになった一番の要因は何ですか。
辻村:まず、第一の理由は、薬物療法が有効な治療法になったということです。竜先生が抗がん剤を扱っていた時代、特に消化器は抗がん剤が効かなったと思います。今は効くようになった。つまり、すぐに具合が悪くならないので、現在の生活、日常生活だけでなく社会生活も維持できるようになった。これが一番の要因。それから、もう一つ。こちらがもっと大きな理由かもしれませんが、副作用を抑える支持療法がとても上手にできるようなったことです。
副作用を抑える対策が充実
竜:そういう意味では、患者さんへの効果も判断して、副作用対策もちゃんとできる。それが、外来で薬物療法が安定して行える理由なんですね。私は肝胆膵、治らない癌を一生懸命治そうとしていたのですが、肝胆膵の領域もだいぶ良くなってきたと思います。最も治りにくかった。
辻村:肺がんは、新しい薬がたくさん出ているのと、あとはいわゆる個別化医療ですね。肺がんといっても、以前は小細胞肺がんと非小細胞肺がんの二つぐらいのくくりしかなかったのです。それが種々の遺伝子検査をやるようになった結果、それぞれの遺伝子の異常によって、選ぶ薬が変わってきました。その患者さんに最も合わせた治療を選べるようになっているんです。そのことも、治療成績が伸びている理由だと思います。
竜:もっとも大きく変わった点としては、その患者さんの持っている特徴ですね。遺伝子検査をして、遺伝子変異に合わせた治療薬が選べるような時代になった。それが一番大きいように思います。そうしますと、昔は、抗がん剤といって、細胞障害性の薬剤が、癌細胞も含め代謝の強いところに効いて、その勢いを弱める。そうすると、代謝の強い血液や白血球とかも非常に少なくなって、患者の具合が悪くなった。現在は分子標的薬、つまり遺伝子変異に合わせた治療薬、さらには免疫チェックポイント阻害薬が一般薬としてかなり使われるようになった、ということですね。
「薬物療法」とは…化学療法、分子標的薬、免疫療法、ホルモン療法を合わせた総称
辻村:竜先生も先ほどから、薬物用法という言葉を盛んに使っておられますが、おそらくまだ一般的な言葉ではないですね。もともと化学療法、化学療法と言っていたのが、細胞障害薬といって、がん細胞が分裂する時の遺伝子を標的にする薬だった。ですから、髪の毛が抜けたり、血液が減る、気持ちが悪くなるといったことが起きていた。現在では、がんが増えたり増殖するのに必要な分子を突き止めて、そこのところを潰しにかかる、いわゆる分子標的薬という薬ですね。あとは、免疫療法ですね。もともと私たちの身体の中には、がんと闘う免疫を持っている。本来持っているが、その免疫を落としてしまう仕組みが分かってきた。そのブレーキをかける分子を潰して、免疫を働かせるようにする。いわゆる免疫療法ができるようになった。これで、もともとの化学療法、分子標的薬、免疫療法。もう一つ加えるとホルモン療法。全部合わせて「薬物療法」と呼んでいます。治療法が非常に大きく広がってきている。その象徴が「薬物療法」という言葉なのではないかと思います。
竜:なるほど。私はつい抗がん剤治療、化学療法とか言ってしまう。分子標的薬のところから分からなくなってしまった…。胃がんに適用の薬剤、大腸がんに効く薬ということだったのが、今は臓器を超えた、遺伝子変異に応じた治療ということで、治療法を選択できるのでしょうね。
辻村:おっしゃる通りですね。例えば、乳がんの領域で進んだ治療薬にHER2 というたんぱく質に対する治療薬がある。HER2 は、がん細胞の表面にあって、がんの増殖を刺激する分子。乳がんの世界ではトラスツズマブなどHER2 の働きを落とす薬が発達しました。胃がんにもHER2 というたんぱく質が発現している場合がある。そうすると、HER2 に対する治療薬はなにも乳がんだけでなく、胃がんにも使える。そうなると、「この薬は、このがんに効く」というだけでなく、臓器を超えて幅広い範囲で使える、そんな薬が増えています。臓器を超え、幅広い範囲で使える薬も増えている。
竜:それは私にとってはびっくりで、HER2 は乳がんの薬だよねぇとなる。乳がんだけではないんですね。胃がんに関しては、特にピロリ菌の感染が原因になっていることも指摘されて、ピロリ菌の除菌から始まって、胃がんが減ってきている。減ってはきているけれども、まだまだ気が付いたら進行がんということも多いですね。胃がんが減ってきて、死亡率が下がっているけれども、油断していると、進行した胃がんになっている。進行した胃がんになっても、そこから遺伝子検査をして、分子標的薬を探せばいろんな治療ができるということですね。
遺伝子検査で“ 自分に効く薬” を探す
竜:あとは、肺がん。いろんな肺がんが出てきていますね。私の頃は、非小細胞がんと小細胞がんで、肺がんだったら終わりで、治療もできないかなというイメージでしたが、そのあたりはどんな感じになっていますか。
辻村:小細胞がんは小細胞がんで、それに対する分子標的薬もできてきました。もともと、肺小細胞がんは化学療法が効きやすい。薬の量を以前は加減しないといけなかった。今は、白血球が減った場合にその白血球を増やす薬なども開発されており、有効な薬を十分量使えるようになったので、かなり制御できるようになってはきています。
竜:肺がんになったら終わりという時代ではなくて、それぞれに合わせた治療ができるようになったわけですね。あと、一時期、イレッサがけしからんと言って、イレッサの裁判もおこされたりして、いまだにやっている人もいますね。イレッサに関してどうですか?
辻村:イレッサも開発された当初、間質性肺炎といって、治らないくらいのひどい肺炎を起こしてしまう、命にかかわるような肺炎をおこしてしまう方が続出して大きな社会問題になった。イレッサも効く方と効かない方といる。これを最初段階で判別できるようになった。効かない方に命の危険をおかしてまで使うようなことはなくなった。選別できるようになってきた。
竜:遺伝子の検査で、陰性か陽性かで分かるようになったのですね。
辻村:あとイレッサの第二世代、第三世代という同じ分子を標的にしていても効果が高いような毒性が低いものも開発されているので、そちらの方に移行したりもしています。
竜:私浦安に行ったばかりの時に、脳転移を伴うような肺がんの方がいらして、「どうしてもイレッサが恐ろしくて使いたくない」という患者さんがいた。胸水がたまって呼吸苦があったので、痛くないように胸水を抜いたら呼吸が楽になって、私のことを信用してくれて。そして、私の方から説得してイレッサをやった。見事に脳転移は消えて、すごく元気になった。それで、分子標的薬の遺伝子変異に合わせた薬は効くんだなと実感しました。でも、それがずっと効く訳ではなく、進行してしまうケースもありますね。その場合は次の手はありますか?
辻村:セカンドライン(二番目の治療、二次治療)、それがだめならサードライン(三次治療)がある。肺がんの場合や、消化器がんの場合はガイドラインもあり、エビデンス(臨床試験で効果が実証されいてるという意味)に基づいた治療薬もありますので、最初の治療が駄目ならもうおしまいと思わなくてもいいのです。もちろん、病気によって、遺伝子変異の持ち方にもよるので、すべての患者さんにそれが適用できるわけではなのですが、そういう時代になっています。
竜:今、がんセンターのホームページ見ても、一次医療だけでなくて、二次医療、三次医療まで大体決まっていて、それが一般の方にも分かるように述べられている。そういうところまで来た。特に外来で、安全に化学療法、薬物療法ができる時代になったというのは、薬が効くようになっただけでなく、安全に行うシステムとか副作用対策の工夫も大きかったのではないかと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。
薬の副作用は自宅で起きる
辻村:そこが当施設の自慢したい部分であります。外来で治療を行う場合の副作用はご自宅で起こる。その場で起こるわけではなく、数日後、一週間後、二週間後にご自宅で起きる。それを予測しなければならない。予測に基づいて、対策も事前に立てておかなければいけない。この予測の仕方も対策の仕方も、われわれスタッフの実力差が出てはいけない。支持療法、ご自宅で何かあった場合にこの薬を飲んでください、そういったところも全部標準化して、この治療でこの副作用が出たらこの薬を処方しましょう、というセットが作ってあって、電子カルテの中で簡単にそれが使えるようになっている。これが一つ。何といってもご自宅で起きる副作用は、患者さんかご家族が発見するので、患者さんやご家族に良く治療のことを知ってていただきたいんですね。そのために、この時期にこんなものが出る可能性がある、というカレンダー「副作用カレンダー」と呼んでいるのですが、薬剤部の薬剤師さんが治療薬ごとに作ってありまして、最初の治療の時にそれを渡しています。副作用は出るのですが、それを最小限に食い止める工夫をしています。
副作用を最小限に抑える工夫
竜:私、数年前に千葉県がんセンター長をやっていた時に、ため息ついてなかなか治療室に入っていかない人がいた。これから先生に「具合が悪いって言わなきゃならないけど、そんなことを言ったら先生に悪い、治療やってもらえない」という人がいた。そんな時に、看護師さんや薬剤師さんが患者さんに寄り添って話を聞いていた。そして、あの患者さんは「こんなことが大変」「こんなことが辛い」ということをドクターに伝えていた。こんな辛いことは先生に言った方が良くなるし、その方が他の患者さんにもメリットになる。その積み重ねが電子カルテの中で標準化されていったのだなと思っています。最初に外来化学療法が立ち上がって、化学療法にシフトしていく時に、多くの看護師さんや薬剤師さんが患者さんの訴えを聞いて、それを医師に伝えた。その情報を、個人的な経験にするのではなくて、電子カルテの中で標準化して副作用対策を作っていった。その繰り返しがきちんと千葉県がんセンターの中でできていたということなんだなと、今思い返しました。
薬剤師、看護師が拾い上げた患者さんの声をデータ化、副作用対策に活用
辻村:先ほど薬剤師さんが頑張ったという話をしましたが、看護師さんの役割もものすごく大きい。外来で点滴を受ける。そこで点滴をしている間、しばらく時間を過ごすんですね。治療は一回だけでなく、繰り返し来られます。そうすると、看護師さんと対話する時間が必ずできる。リピーターですので、だんだん顔見知りになってきて、何に苦しんでいるのか、何が辛いのかということを看護師さん方がうまく拾い上げてくれる。それをデータ化する。データ化してこの治をすると、患者さんはこんな辛い思いをする。そういうことが分かると、対策も立てやすくなる。そのような活動の積み重ねですね。
竜:私、浦安の薬剤師会から講演頼まれたことがあって、薬剤師さんのこと全然知らなかったので、千葉県がんセンターの薬剤部長さんにここで何やっているのか聞いてみたのですが、聞いて本当にびっくりした。この薬剤を投与したら何日後にはこんな症状が出ますからこうしましょうねというのがカレンダーになっていて、それを渡していたと分かったんですね。私現役の時、そんなこと全然知らなかった。現場ではそういう取り組みが行われていた。その積み重ねで、現在は安全に外来で入院しなくても、化学療法が行われているんだなというのが分かった。その時に初めて現場の人の力はすごいなと思いました。現在、入院してやらなければならないような治療はありますか?
辻村:入院で行う場合は、一日だけでなく、数日間連続で行うような治療の場合。これは血液のがんの場合に多いのですが、消化器がん(食道癌、大腸がん、胃がん)、あるいは頭頚部がんなどに多いですね。毎日通うのは難しい場合には入院していただいています。後は、血液のがんでは白血球などが減ってしまうのですが、これはご自宅にいると危ないようであれば(感染する)、あとは骨軟部(骨肉腫など)はやはり入院しての治療となります。
竜:私は外来に通うのは辛いから、入院させてくださいという要望があった場合はどうしますか?
辻村:状態によって、状況に応じて対応しています。ご自宅がとても遠くて一回目で強い副作用が出てしまったというような場合には、入院して頂きしっかり見ます。
竜:化学療法がこんなに進歩したということで非常に安心しました。やはり、この辻村先生のにこやかな笑顔ですね。これも患者さんに安心を与えると思いますので、そういう雰囲気でこれからもご活躍ください。
『余談』
辻村:竜先生がこの病院にセンター長として赴任された2005 年。2005 年に化学療法のレジメンをすべて整理しようということになった。当時はプロトコールと呼んでいた。それぞれの職種のリーダーを任命した。医師が私で、看護師が山田みつぎさん、薬剤師が浅子さん、あの人事が絶妙だった。私が腫瘍血液内科のナンバー4、浅子さんもまだ中堅よりちょっと上、山田さんも副師長だった。皆ものすごくエネルギーがあって本当に良かった。浅子さんが良く言っているのです
が、「薬剤師にこれだけ光を当ててもらったのは初めてで、すごくモチベーションが上がった」って。それまで、ただの薬を運ぶ機械、歯車だと思われていたらしいのですが、あれで本当に生き生きと働けるようになったってしょっちゅう言っています。
竜:それは嬉しいね。あの後、一緒にアメリカに研修に行ったメンバーは本当に意識が高かったですよね。
辻村:みんな活躍していますよ。