【Dr.竜が深掘り!読み物編】第五弾 ここまで解明、がんと遺伝子の関係―動画対談を読み物にしました

【Dr.竜が深掘り!千葉発 令和のがん医療】
第五弾 読み物編
ここまで解明、がんと遺伝子の関係
横井左奈氏(千葉県がんセンター遺伝子診断部部長)

がんは遺伝子の異常による病気

竜)今、がんは遺伝子の異常による病気と言われており、千葉県がんセンターは他施設に先駆けていち早く遺伝子診断部を作ったがん専門病院です。今日は千葉県がんセンター遺伝子診断部の横井左奈部長においでいただき、いろいろお聞きしたいと思います。遺伝子の立場からすると、がんはどんな病気ですか?

横井)がんは遺伝子の病気というのは、ノーベル賞を取ったレナード・ダルベッコ博士が最初におっしゃった。がんをつきつめていくと、原因はすべて遺伝子変化に基づいている。治療を考える時も、原因となっている遺伝子変化がわかっていれば治療薬を選ぶ時に役に立つのではないかという考え方になります。

竜)私の現役時代は、がん遺伝子なんて考えたこともない。がんの原因は、食べているものが悪いとか、酒の飲みすぎとか、心がけが悪いとか、放射線とか言われていた。遺伝子に傷がつくという意味で、がんの原因になるわけですか?

 

がんの原因となる「遺伝子の傷」は3つ

横井)そうです。がんの原因になる「遺伝子の傷」は大きく分けると3種類あると言われています。一つは様々な生活習慣ですね。食べ物とか、飲み物とか、たばことか。二つ目は、年齢によるものです。年齢の経過とともに、遺伝子の傷というものは蓄積していきやすくなります。三つめは、生まれつきの体質です。これら3つが、積み重なって、ある一定の域値を超えるとがんが発症すると言われています。

竜)遺伝子変化というのは、遺伝性とは違うのですか?

がんの遺伝子変化は先天的と後天的に分かれる

横井)遺伝子変化は大きく分けると二つあって、生まれつきの遺伝子変化と、生まれてから後に起こる遺伝子変化です。生まれつきの遺伝子変化は、お父さんからの精子とお母さんからの卵子が受精卵を作った時から起こっている遺伝子変化です。一つの受精卵を2つにコピーし、4つにコピーし、8つにコピーし、最終的には60兆個くらいの細胞になって全身が構成される。全身のすべての細胞が同じ遺伝子変化を持っている。バックグラウンドのような遺伝子変化が通常「遺伝」と言われるものです。通常、がんで起きる、生まれての生活習慣で起きる遺伝子変化は、もともと持っていた受精卵由来の遺伝子変化に追加で加わる。全身同じように起こるわけではなく、たばこを吸っていると煙の通り道の口とか、喉とか、肺とかにたくさん遺伝子変化が起きる。塩辛いものをたくさんたべていると、食道や胃に変化が起きる。それは生活習慣で負荷のかかるところに遺伝子変化が蓄積していく。放射線も放射線が当たったところに起こる、というものです。

竜)親があるがんになったからといって、子供が同じがんになる。そういう意味での遺伝性の病気ではないのですね。

横井)そういう側面と、そうではない側面とある。今は2人に1人ががんになる時代。血縁者の中にがんになった方がいないというケースはむしろ珍しいくらいです。血縁者の中に、がんの方がいらしても、一定の条件を満たさない限り、親から遺伝して同じがんになることをあまり心配する必要はないと思います。

横井左奈氏

予防的に乳房と卵巣を摘出したアンジェリーナ・ジョリーさん

竜)がんと遺伝で有名なエピソードは、アンジェリーナジョリーの乳がんと卵巣がんの話がありますね。あれは遺伝病ですか?

横井)そうですね。アンジェリーナジョリーさんは、ご家族に乳がんや卵巣がんの患者さんがたくさんいて、また乳がんや卵巣がんに係る遺伝子異常が診断されたのです。
そのように、特定のがんばかりが家族に出てきたり、乳がんも右側も左側の乳房に同じようにがんができたり、30代とか若くしてがんを発症される方や、男性でも乳がんが起きるといった性別に関係なくがんを発症したり、そういう場合は、遺伝性のがんを疑います。

アンジェリーナジョリーさんは、ご自身はがんを発症していなかったけれども、BRCA1とBRCA2の遺伝子異常があることが分かったので、がんになる前に、がんのリスクが高い乳房と卵巣を摘出するという摘出手術をしましたね。

竜)今は、形成外科がすごく発達しているので、摘出手術をした後も、きれいな乳房を作ることができるらしいですね。

横井)そうです。アンジェリーナジョリーさんも、摘出手術をした翌年には「マレフィセント」という映画で、きれいな乳房を作って、胸元が大きく開いているドレスを着て出演されていました。

竜)私の形成外科医の友人も、「きれいな乳房を作るのは任せろ」と言っています。乳房がなくなっても、落ち込む必要はないのかもしれませんけれども。アンジェリーナジョリーさんの遺伝子変異は、ある特定の遺伝子の変異ですか?

横井)人の遺伝子は2万種類あると言われていますが、その中で、アンジェリーナジョリーさんと同じような遺伝性乳がんや卵巣がんにかかわる遺伝子変異はBRCA1とBRCA2です。

日本でのがん遺伝子検査の現状
保険診療でどこまでカバーできる?

竜)自分の肉親や家族に乳がんや卵巣がんが多い場合に、自分もそうなるかもしれないと思った時には、この2つの遺伝子を調べてほしいといえば、どこでも調べてもらえるのですか?がんの専門病院でないと調べてもらえませんか?

横井)そこが日本の保険診療がまだ十分にカバーできていない部分なのですが、今の日本の保険診療では、乳がん、卵巣がんをすでに発症された方は保険診療で遺伝子検査ができます。でも、すべての乳がん患者さんができるわけではなく、一定の基準を満たした方でだけが検査ができるということになります。膵臓がん、前立腺がんの方も、一定の基準に合致すれば検査を受けることができます。

竜)私は長い間すい臓がんを専門にしていました。すい臓がんの方が遺伝子検査を受けられる一定の基準とはどのようなものですか?

すい臓がんの遺伝子変異をターゲットにしたパープ阻害薬
効くかどうか調べるための遺伝子検査を実施

横井)すい臓がんの患者さんの遺伝子診断基準はなかったのですが、先ほどお話した乳がんや卵巣がんにかかわるBRCA1かBRCA2の遺伝子変異が、すい臓がんでも注目されています。従来標準的にすい臓がんに用いられていた「シスプラチン」に代表されるプラチナ系抗がん剤は、がん細胞が複製や転写できずに死ぬという機能を生かした細胞損害性抗がん剤です。このプラチナ系抗がん剤は、BRCA1かBRCA2のどちらかの遺伝子変異がある患者さんに有効だということが分かってきました。この遺伝子変異をターゲットにした新しいプラチナ系抗がん剤のPARP(パープ)阻害薬が開発されました。この新しくできたパープ阻害薬が効くかどうかを調べるためBRCA1かBRCA2の遺伝子変異検査を標準的に行うようになりました。つまり、パープ阻害薬の適用を調べることで、すい臓がんと前立腺がんの患者さんにも新しい治療が提供できるということになります。

竜)素晴らしいですね。私、すい蔵がんをライフワークにしていていましたが、現在でも最も生存率の低いすい臓がんに対して、遺伝子検査をして遺伝子変異に応じた治療をすれば希望が出てくるのですね。

横井)そうですね。

オプチーボ、キイトルーダー
免疫チェックポイント阻害薬の発明がもらたした効果

竜)肺がんもすい臓がんも、こりゃだめだと思っても、長く生きられる方が多くなりました。それは、遺伝子変異に応じた治療薬が出てきたからということなのですね。

横井)その通りだと思います。あとは、免疫チェックポイント阻害薬、つまり免疫薬の効果が大きいです。がんの種類を問わず、固形がんでもすべて適用になるので、オプジーポやキイトルーダーに代表される免疫チェックポイント阻害薬の効果が大きいです。

竜)ノーベル賞を受賞された本庶 佑先生の発明された免疫チェックポイント阻害薬は、画期的な発明となりましたね。

横井)たくさんの患者さんが助かっていると思いますし、薬をやめた後も、効果が持続するというのが従来の抗がん剤と違うところですね。

竜)商品名だと、オプジーボやキイトルーダ。これらの薬を使いたければがんの専門病院に行けば治療を受けられますか?

横井)遺伝子検査が必要になるので、まず検査を受けていただくことになると思います。

竜)がんのリスク増加要因として、我々が長生きになったことがある。長寿になればなるほど遺伝子に傷が付きやすくなる。だから、がんになりやすくなる。それから、食習慣や生活環境によっても、遺伝子に傷が付き、がんになりやすくなる場合がありますね。だから、家族歴。自分の家族歴を知っておくことも重要な視点になりますよね。

横井)遺伝子の異常によって病気になる場合には、2パターンあります。1つは遺伝性乳がんや卵巣がんのように、1個の強力な遺伝子の変化を生まれつき持っているために、がんになりやすいというパターン。もう1つは、高血圧や糖尿病のような一般的によくある病気の場合に、同じ家族の中でこれらに関係する複数の弱い遺伝子をたくさん共有することによって糖尿病家系、高血圧家系になるというパターンです。前者が単一遺伝病、後者が多因子遺伝病と言われます。このように、遺伝子変化による病気にも2種類ある。家族歴を調べると、単一遺伝病という1個の遺伝子によって受け継がれていく病気の出方と、多因子を家族で共有していく病気では出方が違ってくる。家族歴はとても重要になりますね。

家族歴を調べると分かる、かかりやすい病気

竜)小さいうちから、おじいちゃん、おばあちゃんと仲良くして、どんな病気になったかを見ておくことも自分の健康管理につながりますね。

横井)それはとても重要な点です。核家族化が進んでいて、兄弟も少ないので、家族歴を調べようとしても「分かりません」「付き合いがありません」という方が多いです。そうすると情報量が激減します。親戚とも仲良くして、冠婚葬祭に集まっていろいろな話をすることはとても重要だと思います。

竜)漢という中国の国が建国された時の軍隊は冠婚葬祭で集まった人達がベースだったそうです。家族や親族というのは、人間にとってはやはりベースとなる集団なんでしょうね。

がんになる遺伝子はたくさん発見されていると思いますが、代表的な遺伝子はどんなものがありますか。

がんになる遺伝子の代表、乳がんのHER2

横井)代表的なものは分子標的薬が一番最初に開発された細胞の膜の受容体、乳がんのHER2です。HER2は、細胞の膜にあり、細胞を増やす指令を出します。HER2が過剰になると、細胞を増やせ増やせシグナルがどんどん出てしまい、増えすぎることでがん化につながります。そのシグナルの受容体の抗体薬がハーセプチンで、世界で最初の分子標的薬です。今でも、世界中で広く使われています。

カイネースといって、これも細胞の中で細胞を増やせというシグナルを伝えるものです。これを抑えるのが、2番目に分子標的薬として開発され、肺がんで用いられているイレッサです。カイネースという酵素の活性部位のところに薬がはまり、細胞を増やせというシグナルを抑制することができます。肺がんでも他のがんでも効果を発揮しています。

竜)HER2に対しては、ハーセプチンという薬ですね。乳がんになった患者さんには標準的に使っているのではないでしょうか。

横井)これも遺伝診断します。手術で摘出した乳がんの組織を、病理検査で薄く切って、それに対して遺伝子検査をします。HER2という遺伝子を蛍光で染めて、蛍光顕微鏡でHER2の数が増えているかどうかカウントします。数が増えていると抗体薬を適用します。

竜)遺伝子診断をして適用と判断された患者さんに、ハーセプチンを投与することになるのですね。いまだに続いている薬害訴訟で話題になっている肺がんで使われるイレッサがありますが、イレッサはどのような方に有効ですか。

肺腺がんの遺伝子異常に効くイレッサ

横井)肺がんは4種類に分けられる。そのうち、一番多いタイプが肺腺がんです。EGFR遺伝子という細胞の増殖にかかわるタンパク質を作り出す遺伝子ですが、肺腺がんの方は、このEGFR遺伝子が活性化型に変化し、細胞増殖のシグナルがどんどん入ってきてしまい、がん細胞も増殖します。このEGFR遺伝子異常のタイプの方にイレッサは良く効き、がん細胞の増殖を阻止します。

竜)私の患者さんでEGFR遺伝子変異が陽性で、脳転移までしていたので、イレッサを使おうと思ったのですが、「イレッサの副作用で亡くなった方がたくさんいるから使いたくない」と言われたことがある。東洋人でタバコ吸わない方はイレッサが特に良く効くということが証明されていますので、投与を勧めた。脳転移も含めがんが全部消えたことがあります。

横井)そこが、分子標的薬のすごいところです。がんで起きている遺伝子変化に合わせて設計されているので、基本的に副作用が比較的少ないですし、遺伝子変化にぴったり合うとすごく良く効きます。

竜)いまだに、イレッサの使用を止めさせようという裁判をやっています。EGFR遺伝子の変異があるのであれば、イレッサを使ったら効果があるということですね。イレッサの副作用についてはどうでしょうか?

横井)副作用としては、間質性肺炎が一定の頻度で起きますので、それについては十分検査をして診ていく必要はあります。

竜)煙草を吸ったり、肺の繊維化がある方や呼吸機能が悪い方は、肺がんになったときに特効薬であるイレッサがが使えないというデメリットがありますね。煙草は吸わない方がいいですね。

横井)煙草自体が肺がんのリスクを高めますので。

竜)イレッサは肺がんの専売特許だと思っていましたが、遺伝子変異という視点からみるとほかのがんにも効きますか?

横井)EGFRに代表されるキナーゼというタイプの分子がたくさんあって、様々ながんで、※キナーゼががんを増やすスイッチになっていることが分かってきました。EGFRに対する※キナーゼ阻害薬は、メットというほかのキナーゼに対しても効きます。複数のキナーゼに全部効くというマルチキナーゼ阻害薬もあります。増殖スイッチのキナーゼを潰していくと、そのがんが増えるのを抑えられるというがんはたくさんあります。すべてのがんでそうなのではないかと思えるほどです。

※キナーゼ…がん細胞が増殖する際のシグナル伝達に必要な酵素。

※キナーゼ阻害薬(分子標的薬)…がん細胞が増殖する際のシグナル伝達に必要なキナーゼ(酵素)を阻害し、抗腫瘍作用を表す薬。がん細胞は無秩序な増殖を繰り返したり、転移を行うことで、正常な細胞を阻害し組織を壊す。がん細胞は増殖するために必要なシグナルの伝達にキナーゼ(酵素)の活性化が必要となるが、分子標的薬はがん細胞の増殖で重要な因子となる酵素を阻害し、抗腫瘍効果を表す。

竜)EGFRは、epidermal growth factor receptorの略ですね。粘膜の成長に関する遺伝子で、この過剰刺激によって「がん」ができやすくなるのですね。EGFR陽性のあらゆるがんに効く可能性が高いですね。

横井)ひとつだけのキナーゼに効くというよりは、一つのキナーゼに効く薬がほかのキナーゼに効くということは良くあります。

同じタイプの遺伝子変異に同じ分子標的薬を適用するという考え方
乳がんでも胃がんでも、遺伝子HER2が増えたらハーセプチンを使う

竜)今までは臓器特異性といって、胃がんの治療薬は乳がんに使えないとか、大腸がんの治療薬は胃がんでは適応が違うという考え方でいました。しか現在では、臓器特異性ではなく、遺伝子の特異性に合わせた治療を行っていくという考え方になってきたのですね。

横井)そうですね。HER2に対するハーセプチンですが、乳がんでHER2が増えていたらハーセプチンを使いますが、胃がんでもHER2が増えていたらハーセプチンを使います。がんができた場所ではなく、同じタイプの遺伝子変化が起きて入れば同じ分子標的薬が適用になります。

竜)ハーセプチンはほかにどんながんに適用になりますか。

横井)大腸がんにも適用になります。

竜)私は現在浦安で町医者をやっていますが、肝転移が主体で来院した患者さんで、どこが原発かはっきりしなくて、治療法がないと思うこともあります。遺伝子検査してHER2やEGFRなどの変異があれば、治療できる可能性もあるのでしょうか?

横井)原発がはっきりしないけれども、肝転移がある、肺転移だけがあるというケースもあり、原発不明がんと言われます。そういう方用の検査としてがん遺伝子パネル検査があります。特に原発が分からない方に力を発揮する。そもそもどのがんを想定していいか分からない場合に、遺伝子を調べていくと、出てくる遺伝子変化のパターンから、膵臓がんのパターン、肺がんのパターン、大腸がんのパターンなど遺伝子変化のパターンから原発を予想することもできる。出てきた遺伝子がカイネースやHER2だとすると、その分子標的薬の適用を考えていくことができます。

竜)がんの原発を探すだけでなく、標準治療がなくなった進行がんに対して遺伝子パネル検査が保険収載され、非常に検査しやすくなったことが画期的だと思います。そもそも遺伝子パネル検査とは何種類のがんをどのように調べるものですか?

一度に100種類以上の遺伝子を調べる、遺伝子パネル検査
保険適用は3種類

横井)パネル検査という言葉がとても分かりにくいと思います。パネルというのは一つのところにいろいろなものを集めているという意味合いで使っています。定義としては一度に100種類以上の遺伝子を調べる検査をいいます。今、保険適用になっているものでは、124種類調べられるものと、350種類ぐらい調べられるものが2種類の合計3種類受けることができます。

竜)そういう検査は、どんなところで受けられるのでしょうか。

がんゲノム医療の指定病院で検査可能
千葉県がんセンター、千葉大学など

横井)厚生労働省が指定している特定のがんゲノム医療の指定を受けている病院になります。例えば千葉県では、国立がん研究センター東病院が中核病院に位置付けられている。それが一番上位機関になります。次のポジションとしてがんゲノム拠点病院があり、千葉県では千葉県がんセンターになります。続いて、がんゲノム連携病院というのがあり、千葉県では千葉大学、君津中央病院などです。チームを組んで検査をする。県内でも指定されている病院で遺伝子パネル検査を受けることができる。

竜)そこに行けば、国立がんセンターに行かなくても検査を受けられるのですか?

横井)そうです。3種類に指定されているどれかに行けば、検査を受けられる。

竜)がんゲノム中核病院、がんゲノム拠点病院、がんゲノム連携病院ですね。そこに行けば検査を受けられるのですね。保険適用になっているのは、どのようながんになりますか。

横井)1つは、原発不明がん、希少がんです。標準治療が確立していないがんは初回から保険適用です。それ以外の乳がんや、大腸がん、すい臓がんなどエビデンスのある標準治療があるものについては、まずその治療をしたうえで、治すのが難しかった場合に遺伝子パネル検査を(保険適用で)受けることができます。

竜)今、普通のがんではだいたい標準治療が決まっているのですね。そういうがんは、最初から特別な治療をやってはいけないのですね。

横井)厚生労働省のルールではそうなっていますが、標準治療はあくまでも平均を見ている。個々の患者さんにとっては効く方もいれば、あまり効果のない方もいて、その平均がある程度のラインにいっていれば標準治療として承認される。一人ひとりは効き方はばらばらです。理想的にはがんになったら、最初にどういう薬が効くかという遺伝子パネル検査をして、自分の遺伝子の傾向に合わせて治療を見つけるほうがいいです。先進医療として、そのような試みもされていて、国立がん研究センターを中心に、がんになって最初に遺伝子パネル検査をすることの医療としての意義があるかどうかを検証する動きがあります。数年すると結果も出てくると思います。

竜)みんなががん遺伝子パネル検査を受けられるようになれば、手遅れのがんにならないし、治療費も下がるし、早くそうなるといいですね。

横井)そうです。患者さんの登録はもう1年以上前に行っているので、追跡調査の結果、そちらの方のメリットが大きいと立証できれば適用が広がると思います。

竜)データは、国立がん研究センターに集積されますか。

横井)そうなります。国立がん研究センター中心になります。

竜)データが集積されて、遺伝子変異を見つけたら、こういう治療法が推奨されるみたいなことですね。そして、そのリコメンデーションに基づいて治療をしたらこうなったというのができたら、世界標準の治療を日本が確立できてくるということになる。

横井)このがん遺伝子パネル検査も国をあげて、オールジャパンでやっているという珍しい取り組みだと思う。国をあげて保険診療として臨床試験をやっているようなものです。外国を見ても、国をあげてやっているところはほとんどない。きちんとしたデータが集積されて、新しいエビデンスを出していけると日本が初ということになる。

竜)そしたら、日本にたくさん患者さんがきて、日本が潤うということになるね。
私自身は現役医師の時は、自分の手術が上手になるよう努力し、また最新治療法を取り入れて治療成績が他に比べていかに優れているかという観点に立って研究をし、論文を書いてきました。そんなちっぽけなことではだめですね。

横井)今でも手術は一番確実な治療法です。

竜)手術をして、一人ひとりのがんをきちんと取る、治すということはベースにはありますよね。

横井)外科医がいなくなったら困ります。

竜)遺伝子パネル検査は手術した際にとる標本(検体)がいるのか、それとも血液が良いのか。

横井)検査の感度としては、がんの組織があった方が良いです。今検査が3種類あるのですが、そのうち2つはがんの組織が必要になりますが、もう一つはがんの組織がなくても検査できます。採血で行います。採血した血液は、通常白血球、リンパ球、赤血球の数を調べるのに使いますが、この検査では血球成分を除いた水の部分を使います。血液が全身を流れるときに、がんのそばもたくさん流れます。がんのそばを流れている時に、がん細胞由来のがんのかけらがたくさん血液に混ざり込むので、それを回収して、増やして検証します。

竜)遺伝子パネルの血液検査が保険適用になったのは今年3月ですね。白血病や悪性リンパ腫など血液由来のがんの検査だと思っていたが、固形がん向けの血液の検査ですね。

横井)固形がんで、最初から手術が困難で、体にがんを抱えたまま抗がん剤治療をしている方が多かった。そういう方はがんの組織で検査しようと思っても、針で刺してもごく微量な検体しか採取できない。組織の検査には足りないという方が非常に多い。そういう方にこそ、次の薬を探したい方が多いので、そういう方の検査になります。

竜)血液内に転移する能力を持ったがん細胞が出てきて、それを捕まえる検査かと思っていたのですが、がん細胞ではなく、がんのかけらがいいのですね。

全身の流れる血液に混ざる“がんの断片”から分かるたくさんの情報

横井)がん細胞はもっと少なく、捕まえるのが大変。がん細胞もいずれ壊れ、その断片が血液の中を漂うので、その血液から断片を回収すれば配列を読むのには十分です。あと、もう一つメリットとしては、組織でやると組織でとってきたところしか情報がない。例えば、大腸がんの方が肝転移をしていている状態で検査をしても、大腸がんの組織で調べると、大腸がんの原発巣のところは分かりますが、肝転移層は全く情報がはいってこない。血液は全身を回っているので、大腸がんの原発巣のところも回っていれば、肝転移のところも回っている。中にはどちらからも遺伝子のかけらが入ってくる。今、もっとも活発に増えているところから、よりたくさんかけらが入ってくるので、全身状態で一番治療したいところが強く反映されることになる。

竜)がん細胞そのものでなくても、がん細胞が壊れた「かけら」から遺伝子変異の情報がたくさん分かるということですね。

横井)血液を使った遺伝子パネル検査は、進行がんの固形がんの方にとってとてもいい検査ということになります。がんの生検ができる方は、生検が一番良いのですが、生検は患者さんの体に負担もかかりますし、血液の検体は組織ないメリットもあるので2番目の選択肢として有効になります。

竜)次の標準治療がない場合には、生検が取れる場合は生検をとって、プラス、血液も加わればさらに強力な遺伝子検査ができるということになりますね。

高齢化とともにがんになる方も増えてくる。そういう時に遺伝子検査も普及して未来も開けてくるように感じました。まさに、希望が持てるがん医療ですね。今日は、がんと遺伝子の関係について様々な角度からお話が聞けて勉強になりました。ありがとうございました。