【ケアフード】2010.5.29 「流動食だけど極上フレンチ」。東京都内のホテルで食べやすく、飲み込みやすいケアフードの試食会を開催。医療関係者、がん患者さんが参加。
「流動食だけど、極上フレンチ」
ケアフードの試食会を開催
2010年5月29日、ホテルメトロポリタンエドモント(東京都千代田区)
つるんとしたのどごしと口いっぱいに広がるトマトの甘酸っぱさ、なめらかな舌触りに続いてじゅわっと広がる地鶏のうまみ―。テリーヌやジュレなどフランス料理の調理法で仕上げる新しい流動食「ケアフード」は、野菜や肉の形はなくとも素材の味と食感を最大限に引き出したぜいたくな味わいにあふれていました。しかも、家庭用のミキサーや鍋で作ることができるという手軽さ。なかなか思うように食事が楽しめないがん患者さんからは「食欲がわいてきた」「前向きに生きていこうというエネルギーになる」などと期待する声が寄せられています。
スプーンでフルコース9品
2010年5月29日、ホテルメトロポリタンエドモント(東京都千代田区)のフランス料理レストラン「フォーグレイン」で開かれたNPO医療・福祉ネットワーク千葉主催のケアフード試食会。柔らかな照明の光と優雅な音楽に包まれゆったりした雰囲気の中で、医療関係者や栄養士、患者会メンバー15人が料理長の石原雅弘さんが編み出した流動食フレンチ、前菜からデザートまで9品をいただきました。テーブルにセットされたのは一枚のナフキンと大小三本のスプーンのみ。フルコースなのにいたってシンプルで、食卓を囲む参加者同士の距離を近づけるとともになごやかなムードを演出していました。
最初に運ばれてきた前菜は「伊達鶏のフランと健菜卵のフラン 三つ葉風味」と「ホワイトアスパラガスの冷たいスープ」。フォアグラがほんのり香る鶏肉のすり身の上に茶碗蒸し状の卵をのせた二層じたてで、三つ葉ソースのさわやかな味と肉や卵のなめらかな舌触りが特徴です。上あごと下あごで軽くそしゃくしながらも抵抗なく飲み込めました。アスパラガススープは、アスパラを煮込んでからミキサーで混ぜてクリームを加えたもので、ガラスの器と冷たいのどごしが夏らしく口の中をすっきりさせます。
続いては、「永田トマトとバミセリの冷製パスタ バジル風味」。糖度が高いことで知られる永田トマトの甘酸っぱいソースとミキサーにかけてペースト状にかためたパスタが舌の上でうまくからみあいます。パスタは、麺の状態で食べるよりも原材料の麦そのものの味が強く感じられました。
「うわぁ、本当においしい!」「いくらでもお腹に入るね」。一口、二口…。スプーンを口に運ぶのを止められなかったのかしばらく沈黙が流れた後、参加者からはため息とともに感嘆の声がもれました。参加者の齋藤とし子さん(患者会「アイビー千葉」代表)は「ワインやパンもいただきたくなる。どんどん食べようという意欲が出てくる」と語り笑顔をほころばせました。
みんなで囲める食事をテーマに考案
「高齢の方や患者さんもみんなと同じお料理を楽しめるようにということを一番に考えました」と石原さん。もともと病気で食べられない家族のために魚や肉を細かく刻んだ介護食を作った経験があったといいます。一年ほど前にお客さんから、手術を終えたばかりのがんの患者さんや健常者の方がみんなでおいしいと思える料理を出してほしいと依頼され、この新しい流動食のフルコースを考案、完成させたとのこと。その特徴とこだわりは「香り」。メニュー表には「風味」という言葉が何回も登場します。流動食だから確かに食材の形がない分、口当たりは同じになりやすいのですが、三つ葉、バジルをはじめ、トマト、玉ねぎ、パスタと素材の味と香りは普通の食事でいただくよりも強く残るのが印象的です。石原さんは「『おいしくない』というこれまでの流動食を『おいしい』と思えるようなきっかけ作りはできたかなと思っています」と自信をのぞかせます。
会話が弾むころ、食事はメインディッシュを迎えます。魚料理は「マトダイとホタテガイの温かいテリーヌの白ワインクリームソース リーゾのラタトゥイユ風味添え」。そして肉料理は「豚肉のエスニック風味煮込み」と「季節野菜のピューレ」。豆腐のような形をした魚介のテリーヌを囲むように添えられた白ワインクリームソースとナス、ピーマン、ズッキーニ、トマトなどを混ぜた赤いソース。スプーンでそれぞれすくいながらいただくと、コクのあるクリーム味と夏野菜のさっぱりした味がさわやかに調和されます。肉料理はハンバーグのような形をしたお肉のペーストのまわりに、ソラマメ、タケノコ、大根、ゴボウを柔らかく煮てつぶしたピューレがそれぞれ別々に添えられ、まるで現代アートのデザイン画のように色彩がきれいな一品。それぞれの野菜の味をじっくり楽しむことができます。
家庭用ミキサーで簡単調理も
石原さんによると、この流動食フレンチのピューレやソース、スープ作りは煮込んだ野菜を家庭用ミキサーでかくはんするだけ。野菜から自然に出る水分で甘くしっとりと仕上がるといいます。冷凍保存もできるから、患者さんの体調のいい時にまとめて作り、必要な時に必要な分を解凍して使うこともできます。在宅ケアでは患者さんの好みの食事作りについてノウハウを持たずに悩みを抱える家族も多く、こうしたピューレやスープのストックが家庭での調理の負担を減らすことにもつながりそうです。試食会参加者からは「最終的にピューレになるのだから野菜の形にこだわる必要がない。冷凍可能なら旬の時期に形の悪い野菜を大量に仕入れて作ればコストダウンにつながる」との声もありました。
がんを患い、手術直後や抗がん剤治療中で体調がすぐれない時は、気分も落ち込み食欲も落ちます。薬の副作用で口内炎ができたり、吐き気がして思うように食べられないことも。竜崇正NPO理事長は「いつになったらものが食べられるようになりますか」という患者さんからの訴えにこたえられなかったこともあったと振り返ります。「治療で嚥下や唾液の分泌がうまくできない時期でも、おいしいと思える食事を食べると実はちゃんと飲み込めるし元気もでるんです」。
病院で出される流動食も、メイン、副菜、汁ものなどとお皿はそれぞれ分かれており温度管理がなされ、味付けもしっかりついていますが、中身はすべて一緒にかくはんしたペースト状になっており、「盛り付けや見た目などで、もう少し食事を楽しいと思えるようになればうれしい」(患者さんの一人)という声もあります。肉と野菜ソースが二層になっていたり、野菜がそれぞれピューレで味わえる石原さんの手法を取り入れれば、「患者さんが自分でスプーンでかきまぜて食べたり、好みの量のソースをすくえるという皿の上で「調理」をする楽しみができる」(高野英行NPO常任理事)。試食会では病院の流動食にもおいしいと思える工夫を加えることができるのではないかという意見も出され、千葉県がんセンターの中川原章センター長は「患者さんが生きる希望を持てるようになることが大事。新しい流動食「ケアフード」の手法を積極的に取り入れてみたい」と語りました。センターでは患者さんへの試食会や、調理セミナーなどを計画していく予定です。
ホテルメトロポリタンエドモント フレンチレストラン「フォーグレイン」の流動食フレンチコース
「Menu de Naturel(ムニュ・ド・ナチュレル)」